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死に戻り令嬢は、初恋を選んだ元婚約者が土下座しても絶対に許さない
死に戻り令嬢は、初恋を選んだ元婚約者が土下座しても絶対に許さない
作者: さぶれ-SABURE-

第1話 奪われた女 Side:白峰結月

last update 公開日: 2026-06-15 18:03:21

「はぁ……」

 私はため息をついた。

 天井のしみを、もう何百回数えただろう。

 白い天井に走る、雨漏りのあとのような薄茶色のしみ。三つ、いや四つ。数えるたびに増えていくような気さえする。かつての私なら、こんな安アパートの天井を見上げて死ぬ日が来るなんて、想像すらしなかった。

 白峰結月(しらみねゆずき)。白峰ホールディングスの一人娘として生まれ、何不自由なく育った。海外の大学で経営学を修め、二十代の半ばで財閥の中核事業を任され——そして三十を過ぎた今、私は、すべてを失った。

 医者は、過労と慢性的な栄養失調が重なったのだと、淡々と告げた。笑ってしまう。財閥令嬢として生まれた女が、その日の食事にも事欠くようになるなんて、いったい誰が想像しただろう。一条を——いや、一条という名の、私自身が作り上げた作品を守るために、私は自分の体のことなど、いつも後回しにし続けた。気づけば貯えは底をつき、頼れるはずの人脈もすべて、奪われてしまった。

 私はこの六畳一間で、誰に知られることもなく、ただ静かに朽ちようとしている。

 体が、動かない。指の一本さえ、もう自分の意思では持ち上がらない。少し前まで腕に刺さっていた点滴の管も、その冷たささえ感じなくなって久しい。感覚があるのは、ただ一点、胸の奥だけだ。燃える炭を押し当てられているように、そこだけが、ずっと熱い。

——陽太(ようた)。

 その名前を思い浮かべるだけで、もう涸れたはずの目の縁が、じわりと滲んだ。

 一条陽太(いちじょうようた)。私の、婚約者だった男。

 大学のレセプションで出会ったときの彼は、地方の中堅企業の御曹司で、野心だけは一人前の、けれどどこか危なっかしい青年だった。スーツの着こなしも、名刺の渡し方も、財界の作法も何も知らない。背伸びした言葉ばかりが先走って、足元はいつもぐらついている。私はその危うさを、どうしても放っておけなかった。

 だから、私はすべてを注いだ。

 父から譲り受けた、私名義の株式。母方の祖父の代から財界に張り巡らせてきた人脈。十年かけて磨いた経営の勘と、誰にも真似のできない買収のノウハウ。一条グループが業界三位まで一気に駆け上がったのは、世間では陽太の若き手腕として語られているけれど、いつもそばでアドバイスを繰り返し、彼を支えたのは私だった。

 忘れもしない。一条が初めて大型の資金調達に挑んだとき、彼のずさんな事業計画書は、どの銀行にも門前払いされた。徹夜で書き直したのは私だ。

 担保も、保証人も、最初の出資者も、私が裏で手を回して用意した。プレゼンの当日、舞台袖で震える彼の背中に「大丈夫、あなたならできる」と囁いたのも私。

 スポットライトを浴びて喝采を受けるのは、いつも陽太だった。それでよかった。彼が笑っていれば、私はそれだけで満たされた——少なくとも、そう思い込んでいた。

『結月がいれば、俺は無敵だ』

 彼はよくそう言って笑った。少年のように無邪気に。私はその言葉を愛だと信じていた。

 婚約指輪を受け取った夜のことを今でも鮮明に覚えている。安物の、けれど彼が初めて自分の稼ぎで買ったというその指輪を、私は世界中のどんな宝石よりも尊いものに思えた。

「いつか必ず、本物を贈るから」と、彼は照れたように笑った。その約束が果たされることは、ついに、一度もなかった。

 彼の初恋の女性――志田成美(しだなるみ)が現れたのは、一条グループが頂点に手をかけようとしていた頃だった。彼女が戻ってから、陽太はおかしくなっていった。

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